2012年5月8日火曜日

尾道の乃木神社跡に行ってきた

広島県尾道市の、乃木神社の跡地に行ってきました。


民家の背景のこんもりした隆起が地元では通称「乃木山」と呼ばれている山です。
手前に2つ並んだ茶色い建物の間に登り口があります。



登り口です。「乃木神社道」と刻まれた道標があります。



写真(左)の道を登りきって山に入る手前で、後ろを振り向いて写真(右)を撮りました。
そしていよいよ、昼なお暗く道なき道へと足を踏み入れます。


山へ入る手前で山に向って撮った写真(左)と、山の中で撮った写真(右)です。撮った写真を見ると、奇麗な道がちゃんとあるように見えるのですが、そのときの実際の感覚とは相当ずれがあります。歩いている時は、ここに道があるような気がするという、かすかな勘だけをを頼りに歩いているような感じで、不安でいっぱいでした。

本当にこれで道は合っているのか、不安な気持で歩き続けること約5分…


見えました! 木々の間から鳥居らしきものが!
どうやら道は間違っていなかったようです。これでまずは一安心。
逸る気持を抑えてさらに登っていきます。


さらに2分ほどで鳥居の下に辿り着きました。
見上げると石段の上に、この神社の目玉の(?)乃木将軍の姿が見えます。
鳥居をくぐって石段を昇り、いよいよかつての神社の跡地へと足を踏み入れます。


石段を昇りきったところからの眺めです。画像が一部歪んだり二重になったりしているのは、広角画像をつくるために、複数の画像を合成しているためです(1)


乃木将軍の雄姿。石段の上の石柱には、かつては門扉がついていたと思われますが、今は門扉はありません。また右側の石柱は倒れて落下していました。


向って右側の空き地(北側にあたります)には、かつては社務所兼図書館があったそうですが、今はなぜか丸い木の柱が1本だけ残っています。柱には特に文字などは書かれていません。


背面の地面もすぐに谷へと落ち込んでいるので、ちょっとの空間しかありません。


背面と左横から見た乃木将軍の雄姿。


左手の空き地の端に手水鉢が残っていました。


最初に上がってきた石段を上から見下ろしたところです。


iPhoneの標準アプリのコンパスと、標高アプリ(2)のスクリーンショットを撮ってみました。標高アプリの画像でこの神社のある場所の地形がよくわかると思います。標高は約100メートル、道標のあった場所が標高40メートルほどでしたので、約60メートルの標高差になります。
麓にある小学校の裏から登る道もあるとのことで、帰りはそちらから…と一瞬頭をよぎったのですが、道に迷って遭難したら嫌なのでやめました。それほど山道も神社跡も荒れ果てていました。

こんなところに社務所兼とはいえ図書館があったというのが俄には信じ難いのですが、第2次大戦直後に取り壊されたという経緯から見て、今の私達が図書館という言葉から想像するようなものではなく、特定の思想を顕彰するような、記念館的な施設だったのかなあと思います。

また偶然ですが、この乃木神社がある尾道市の市立図書館の前身が、1906(明治39)年に設立された私立尾道図書館にあるということも、最近知りました。図書館というと公立図書館を連想するのは比較的最近のことで、昔は図書館というと私立だったのかもしれません。

この尾道市の乃木神社については、八幡浩二という方の「尾道乃木神社に関する覚書」という資料に詳しいです。社務所兼図書館があったということもそこに書いてありました。
尾道乃木神社に関する覚書 <資料紹介>|広島大学学術情報リポジトリ

また乃木神社への参拝道については、ktgwkujさんという方のブログ記事「尾道 乃木神社、行ってみたり」に教えていただきました。写真もそちらのブログ記事の方が鮮明で詳しいです。
尾道 乃木神社、行ってみたり - ktgwkujのブログ - Yahoo!ブログ
尾道 乃木神社、行ってみたり(ぱーと2) - ktgwkujのブログ - Yahoo!ブログ

(1)iPhoneの「AutoStitch Panoramaというアプリを使用しました。^
注(2)標高ワカール」という名前のアプリです。^


変更履歴
2013年8月12日:字句を一部修正・追加