2016年1月8日金曜日

文学の中の尾道 原民喜「永遠のみどり」

その日の午后、彼は姪に見送られて汽車に乗つた。各駅停車のその列車は地方色に染まり、窓の外の眺めも、のんびりしてゐたが、尾道の海が見えて来ると、久振りに見る明るい緑の色にふと彼は惹きつけられた。それから、彼の眼は何かをむさぼるやうに、だんだん窓の外の景色に集中してゐた。彼は妻と死別れてから、これまで何度も妻の郷里を訪ねてゐた。それは妻の出生にまで遡つて、失はれた時間を、心のなかに、もう一度とりかへしたいやうな、漠とした気持からだつたが、その妻の生れた土地ももう間近かにあつた。
出典:青空文庫|原民喜「永遠のみどり」

原民喜の妻、貞恵は明治44 (1911) 年、広島県豊田郡本郷町 (現三原市) 生まれ。昭和3 (1928) 年、広島県立尾道高等女学校 (現広島県立尾道東高等学校) 卒業。昭和8 (1933) 年、原民喜と結婚。昭和19 (1944) 年、糖尿病と肺結核により死去。享年三十三歳。

参考資料:
- 広島市立中央図書館「原民喜の世界 05.民喜をめぐる人々」
- 新潮社刊 原民喜『夏の花・心願の国』(新潮文庫)所収年譜